タークス&ケイコス島は 風にふかれて (その2)
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●瀬戸際の静けさは どこにいく |
| だが私は、数日間この島に滞在するうちに気づいた。どうやらこの静けさって、嵐の前のなんとやら、のようなのだ。今まさに、アメリカ資本が大量に投入されようとしている。その瀬戸際の静けさだと、知りはじめたのだった。 飛行機で隣り合わせたキャロルという女性が、偶然同じホテルだったこともあって、私たちはいろいろな話を聞いた。何度かこの島を訪れた彼女と夫は、あまりに気に入ったため、ここに土地を買うことに決めたのだそうだ(なんてうらやましい!)。今回は、ご主人が病気になってしまったので、一人で不動産屋をめぐり、情報収集にいそしんでいるという。 「こんなに開発されてない静かな島なら、さぞ土地も安いんでしょうね」 もしかして私たちにも買える値段だったりして。素敵だよなぁ、カリブの島に土地をもつなんて。一人じゃ無理なら共同購入って手もあるし。いきなり夢を膨らませた私とMは、思わず身を乗り出し訊ねていた。でも彼女、とんでもないという風に首をふるのだ。 「まさか! 一見開発されてないように見えるけど、オイシイ土地はすべて、業者の手がすでに入ってて、高いのよぉ。だからうちも、とてもじゃないけど、ビーチ沿いの土地は手が出せないのよね」 そ、そうだったのか。日々あわただしく不動産業者と相談しているキャロルの姿は見かけたけれど。交渉成立もむずかしいわけである。一見手つかずのように見える土地もすべて、「予約済み」とはね。そういえばこの島は、驚くほど物価も高い。観光業者の過当競争のないぶん、すべては投資分の値段が加えられているのだろう。 「僕たちも、ホントに物価の高いのには、参っちゃってるんだよね」 というのは、この島に生まれ育ったウィリアムスくんだ。着いた早々、海岸で知り合ったお友達である。行った先々の島で地元の人たちと友達になるのは、私の得意ワザなのだ(まあ大抵は子供とか、じいさんばあさんばかりで、海辺のロマンスに発展しないのが悲しいところだけど)。 このウィリアムスは、ビーチにぽつんと建つ、何やら荒れ果てた感じのホテルでセキュリティをしている。方向音痴の私がそこに迷い込んだのがきっかけで、ここ数日、世間バナシをかわしてるのである。なんでもこのぼろっちいホテル、もとはアメリカ資本だったが、倒産してつぶれちゃったらしい。何しろ金儲け主義で、サービスは後回し。つくりはいいかげんで水漏れはするわ、タオルやシーツは質の悪いのをケチって使いまわすわで、客が来なくなるのもあたりまえのズサンな管理だったらしい。そしてホテルは売り払われ、現在はドミニカ人のオーナーの手に渡ったという。 彼は前のホテルから引き続き雇われ、現在は工事中(といっても、働いてる人間など誰も見かけない。ただの廃屋みたいだけどなぁ)の建物の見張り番をしているわけだ。私みたいに迷いこんだ人間が、ちゃっかりそのまま居座らないようにってことだろう。そして新ホテル・オープンのあかつきには、めでたく正式にホテルマンとして雇われる予定なのだそうだ。ホテルマンも見張り番から。堅実なウィリーくんなのである。新たにオープン予定のホテルは、なんでもカジノ付のオールインクルーシブ。つまり食事、チップすべて込みの高級リゾート志向で、大々的に客をひこうという構想らしい。でもなぜか、おっとりとした彼は、微妙な表情で首をかしげている。 「なんだか、この島もそうなったら変わっていっちゃいそうだなぁ。産業のあまりない島に、それだけ職が増えるわけだから喜ばなきゃならないんだろうけど。ここが、カジノ目当ての客で騒がしくなると思うと、なんだか寂しいな……」 その話をキャロルにすると、彼女も深いため息をついていた。彼女はやっと交渉が成立し、島の突端の海を見下ろす静かな丘の上に、土地を購入したばかりなのだ。 もしかして、地元の人間以上に、この島を愛して通いつめる旅人には迷惑な話なのかもしれない。静かなビーチを好む知的旅行者たちは、段々と消え行きつつあるそんな秘島探しに、懸命になっているのだ。大袈裟な客寄せ対策は、呑気で素朴な島民たちさえ、少しずつ変えていってしまうことだろう。かといって、観光が頭打ちになれば、島の経済も潤わない。うーん、あちこちで矛盾が発生してまうのが悲しい。 そういえば、トバゴ島の静かなビーチでバルバドス島から来た人に会ったことがある。彼は、バルバドスでバーのオーナーをしているが、毎年、この静かでちっちゃなトバゴのバンガローで長期休暇を過ごすのだそうだ。バルバドスにいながら、他の島でバケーション?と首をひねる私に、彼は言った。 「あの島は、騒々しくてねぇ。もっと静かな場所が無性に恋しくなるんだよ」 うーむ。確かにバルバドスはエンタテイメントも充実していて、カリブの中でも人気の観光リゾート地と聞く。でも、そこに住む人が逃げ出したくなっちゃうほどの賑やかさとはなぁ。なんだか不思議な気持ちになったものだった。 ウィリアムスは、私に自分の靴先を見せた。真っ白な砂浜には似合わないきちんと磨かれた革靴だ。確かにこの島は、昔イギリスの支配下にあったこともあり、島の人々の格好が結構きちんとしているのだ。同じく英国から独立したトリニダッドにも同じことを感じたっけ。 「家賃でも何でも、ここはアメリカ並なんだ。でも物価はもっと高いかもしれない。マイアミで、セールで$20で買ったこの靴だって、この島じゃ三倍以上するんだよ」 彼の話で知ったのは、ホテルの改築や土地開発にまつわる重労働に携わるこの島の人間は少ないということ。ほとんどのブルーカラーワークは、他の島からの移動労働者が引き受けているのだそうだ。政情の不安定なハイチや、ドミニカ、グレナダなど近隣の小さな島から、職を探してこの島に移動してくるカリビアンも多いらしい。トリニダードで、グレナダからの出稼ぎの女性に会ったこともある。同じ西インド諸島内の民族移動が行われているというわけなのだ。それにしてもこの島の物価の高さじゃ大変だろうなぁ、と察してしまう。ただし、人々の身なりや運転している車からしても、地元の人々の生活水準はかなり高いようだ。通貨はUSドルだが、政治的には今だイギリスの保護も受けていると聞く。 そして音楽。多くのカリブの島には、その島独自の音楽があるが、ここにはオリジナルのものはないようだ。ジャマイカのレゲエや、マルティニークのズーク、ドミニカのメレンゲ。この島には、どんな音が根付いているんだろう。カリブの島を旅するときは、地元の音楽に触れるのをいちばんの楽しみとしている私。だが、今回はその点に関しては、期待はずれでもあった。海辺のバーで演奏されている音楽は、レゲエやソカのミックス。他の島の音楽に幅広く影響されているらしいメンバーは、実に楽しそうに演奏していたけれど。 私はふと思った。ここはなんだか、他のカリブの島々にくらべて、「濃度」が薄いみたい。それがいいのか悪いのかは、私にも解らない。ただ、今現在、この島が微妙な立場にあるのは確かな気がする。それでも次第に、潮水のたまりのように、自分の血を濃くしていくのか。このまま資本の波にのって、相手に求められるまま、染まっていくのか。 きっと、このタークス&ケイコスは、自分の未来をのんびり見ているのかもしれないなぁ。浜で風に吹かれる葦の葉のように、そよそよと静かに揺れながら。ひと気のない砂浜でぼんやりしすぎて頭の中がとろけている私は、わけもなくそんなことを思った。どんな風の吹き方をしたのか。いつかまたこの島に戻ってきて、見てみたいような怖いような、微妙な気持ちになったのだった。 |
| *中南米マガジンvol.5/1999掲載分を加筆訂正しました。 |