タークス&ケイコス島は 風にふかれて (その1)
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●ニューヨークから、おそるおそる見知らぬ島へ |
| またまたカリブ海の島に行きたいという欲求が高まってきた。私の持病のひとつだ。いったんこの発作に襲われると、普段は気にもかけていないNYの街並も、途端に素っ気ないものに思えてくるのだから、不思議である。 なんだ、この街は!? ポプラや銀杏の並木ばかりで、椰子の木がないじゃないか。ビルばかりで、バナナの葉で葺いたビーチ・バーだってありゃしない。通りを歩くひとがスーツに革靴というのも、ショートパンツにサンダルという粋なスタイルに比べて、なんと味気ないことか。そして、陽射しや空気の濃度が、違う。薄い。薄すぎるのだ。 と、私が何の罪もないNYの街に言いがかりをつけていると、友人のMも一緒になって文句を言いはじめた。海は汚れてるし、街の人々は冷たいし。これだから都会ってやつぁ……。ん?確か彼女、この前まで「NYは刺激と情報満載の楽しい街」と、雑誌の謳い文句のような言い回しで誉めたたたえていたはずでは……。まぁ、いいか。私たちは無言でうなずきあうと、すぐさま近くのリバティ・トラベルへと向かった。ここは、NYに何軒もある大手旅行代理店チェーン。持っている旅行パッケージの数も種類も豊富だから、こんな唐突な思いつきもなんとかしてくれそうな気がする。私たちはカウンターに飛び込むやいなや、勢いこんで言った。 「すぐ行きたいんです、すぐ!できれば安くて、あまり観光化されてなくて、でも適当にエンタテイメントもあって、あ、私たち、あまり泳げないから、海は遠浅で……」 カウンターの綺麗なゲイのお兄ちゃんが冷たい目でこちらを一瞥したような気もする。が、NYじゃ希望は言ったもんの勝ちだもんね。トリニダード&トバゴ、マルティニーク、ジャマイカ、プエルトリコと結構あちらこちらの島を旅してきた私は、ちょっとしたカリブ通になった気でいた。やはり次に行くとしたら、バルバドスかアルーバあたりかな。フレンチ系カリビアンの可愛い色彩があふれるドミニカや、地味だけど素朴そうなアンティーガ諸島というのも、通好みで惹かれるよね。 と、さりげなく知識を披露してみるも。手首にひものブレスレットを巻いた遊び人風のお兄さん(お姉さん?)は冷たく言い放つ。アルーバ? バルバドス?NO〜!この予算じゃないないわねぇ。大体、急すぎるんですよ。安くていいとこは、宿も飛行機も、半年も前から予約で埋まってるんだから……。がっくりうなだれる私たちに、彼は明るい声を出した。 「あ、ここなら空いてる。ここがいいですよ。というか、ここ以外はないねぇ。ほら、他の島はもうこの予算じゃ満室、満席でしょ?」と、なかばオドすように、コンピュータの予約画面を見せるのである。た、確かにそうらしい……。そこで私たちはすすめられるまま、ホテル&航空券が対になったプランの支払いを、不安な面持ちですませたのだった。が、しかし……。 タークス&ケイコス島。通(つう)すぎる……。というより、聞いたことがない。しかも数日後の出発でも簡単に予約がとれるほど、人気がない島って一体……。私は、その実態を知ろうと、アメリカ人の友人たちに訊いてみた。東海岸のアメリカ人にとってのカリブは、日本人にとってのハワイも同然。気軽なリゾート地なのだ。が、彼らも一様に首をかしげるではないか。 「タークス・アンド……what?」 だめだ、こりゃ。代理店で渡されたカリブ海全般のパンフレットも情けない。ジャマイカやセント・マーティン島などは、ばーぁんとページをとって様々な特色が綴られている。なのにタークス&ケイコスときたら、いやに消極的な宣伝文句だ。いわく「この島を知っている人は、滅多にいないでしょう。それほど、自然が汚されていない島なのです」これだけである。 私は心配を通り越し、見知らぬこの島に同情心さえ湧いてきた。タークスよ。そんな謙虚でいいのか? せめて、夢の珊瑚礁の島とか、野鳥の楽園とか言うぐらいの見栄をはってもいいではないか。そんなお節介な思いを抱きつつ、私たちは空港に向かった。そして、カリブの島に慣れておらず、あまり野性的な場所を好まない都会っ子Mは心配で顔をひきつらせ、私はなかば諦めの笑みを浮かべている間に、タークス&ケイコス島に着いたのだった。NYからマイアミまで三時間強、そこから便を乗り換え一時間半。位置的にはバハマ諸島のすぐ東側という、そう遠くはない場所である。 ●ひと気のなさすぎる島。やる気があるのかないのか 着いた空港は、地味という言葉を体現するとこうなるだろうなという趣で、空港というより、地方を走る列車の駅に近い。空港の前ではいきなり道路工事をしている。強い陽射しの下、恐ろしくスロウなテンポでつるはしを振り下ろす数人の労働者たち。うーん、この暑さの中せかせか体を動かせば、疲れ果ててすぐ熱射病にでもかかっちゃうからかもね。と、なぜか納得してしまう私たちだ。 ホテルは予算の都合で、ビーチ沿いに立つ洒落た建物ではなく、道路を渡ったところにある。それでも砂浜まで徒歩三分の近さだ。草の中の白い砂で出来た細い一本道を通ると、視界にいきなり海がひらける。一面の青いグラデーション。そこには、あまりに美しい光景が待っていた。 怖いくらいに透き通った海。浜にそよぐ葦の葉。そして見渡す限りのビーチには、たった二組の人がいるだけ。ほとんどプライベートビーチ状態なのである。申し訳ないくらいに人がいない。他の島ではしょっちゅう見かける、強引な物売りも、ナンパな地元の兄ちゃんも、誰もいない……。 タークス&ケイコスには地図で見る限り多くのビーチがある。中でもこのプロヴィデンシャルは、地中海クラブが建ったことによって開発された、島でいちばん人気のビーチときいている。いちばん人気で二組。とすると他のビーチはどうなるのだ!? ひとごとながら心配になってくる。 とにかく。私たちは感動していた。大当たり、であった。観光的にコマーシャル化されていないどころか、まったくスポイルされていない場所。しかもそういう島にありがちな、環礁に囲まれた岩や石の多い海岸ではない。ビーチが自然の形で整い、パウダーのような純白の砂がつづいている。私たちの心配をよそに大穴も大穴、のラブリー・アイランドなのだった。私とMは手のひらを返したように、部屋に戻ってもこの島のことを褒め称えあった。飛行機やホテルに向かうバスの中で知り合ったアメリカ人が、一様にこの島のリピーターだというのも、うなずける。彼らのほとんどは旅慣れたカリブ通だが、この島を知ってからは、ここに落ち着いたのだという。もっとも、夜な夜なビーチバーに繰り出すパーティーピープルではなく、浜で日がな本を読んでいそうな、静かな旅を好む人たちが多いようだ。 そういえば、この島には不思議な静けさが漂っていることに、私は気づいた。 ただ開発されてないというだけではない。この島には、どこか人を寄せつけない凛とした寂しさ、哀愁のようなものを感じるのだ。ひと気のなさに加え、浜を縁どる、低木の連なる荒涼とした草むらの光景がそう思わせるのかもしれないけれど。暗く曇った空を流れゆく雲が、ガス・ヴァン・サントの映画の一場面のよう。なんだか好きだなぁ、この鄙びた感じ。美しすぎるものには照れちゃう、ひねくれ者の私には、なんだかちょうどいいバランスみたいなんだよね。 ■n e x t |
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