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キューバから届いた |
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「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」 初出/小説すばる 2000年3月号 |
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キューバへ行ってきた。 太陽の光と音楽、人々の声が通りに溢れる島だ。ハバナの美しく朽ちた建物。その窓にも入り口の扉にも、常に人々が顔を覗かせる。私には、そんなありふれた光景の背後にさえ、リズムや旋律が流れているように思える。この町のエグレムというスタジオに短い滞在の間中、通いつめた。キューバ音楽史上に残る伝説の時を今なお生きる老音楽家たち。彼らの人生の軌跡を聞かせてもらうためである。映画の中と同じ、飾らない素朴な笑顔で、彼らは音楽や人間に対する溢れる愛情を語ってくれた。 私には奇跡のような時間が流れた。 「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は、監督のヴィム・ヴェンダースとライ・クーダーが久々にコラボレートしたドキュメンタリー映画だ。 キューパの音に見せられたライ・クーダーは、敬愛する音楽界の古老たちと共に、ハバナのスタジオで演奏する。そうして出来上がったアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は97年度グラミー賞を受賞、世界中で200万枚以上の大ヒットを記録した。そして翌年、友人のライに同行しヴェンダースもキューバへ。『ブエナ・ビスタ〜』の二作目にあたる歌手イブライムのソロ作品の録音風景や彼らの日常、大喝采を浴びたNYカーネギーホールとアムステルダムのライブの模様を収めたこの映画をつくりあげたのだった。 私はNYの映画館で二回この映画を観た。二度ともに涙がこぼれた。からだから生きるよろこびを発して演奏する彼らに、魂のどこかが共鳴したのだった。 ラストシーンでは、映画館中に、拍手の音が鳴り響いた。 七十三歳の歌手イブライムは、このプロジェクトでお呼びがかかるまでは、音楽に失望し、引退して妻とハバナの町を散歩する日々だった(手を繋いで町をのんびり歩く彼らの姿の可愛らしいこと!)。とつぜん訪れた陽気な嵐のような現在の状況にただただ驚きながら、彼はこんな風にも言った。 幸せだよ、長年やりたかったことがかなって。一曲のボレロが世界を駆け巡るなんて素晴らしいじゃないか……。 キューバの伝統的な音楽、生命力に満ちたソンや哀愁的な恋歌のボレロが、全編を彩るこの映画。キューバを独自の叙事詩的な目でヴェンダースはとらえているから、映像は一種くすんだ色合いではある。 現実のハバナの町は、もっと躍動し、色彩に溢れている。 けれどなにより人生を謳歌する音楽家たちの音や表情をとらえる目には、「愛」がある。この映画の魅力は、そこにこそあるのだろう。 彼らの素顔、私が肌で感じたキューバを綴った本『愛がなければ、人生はない★ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのミュージシャン達に聞く、キューバ式愛の生き方』が出る。もし映画や彼らの音楽に共振した人が興味をもってくれれば幸せだ。 |
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