vol.1
    Don't go over $30!
        ニューヨークのおこづかい帳
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1999 June  運命の化石はいかに
●今月のお買い上げ
アンモナイト(315万年前モロッコ産)  $9
アンモナイト(165万年前イギリス産)    $15
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                                              合計 $24
 アンモナイトをもらった。人から化石をもらうなんて、めったにない経験だ。友人が、会社の引越しの際に、がらんとした倉庫に落ちていたのを見つけたのだそう。で、「なんじゃ、これ?」と首をひねりつつ、私なら好きそうだと思ったらしい。しかも、アクセサリー用に化石のまわりをきちんとシルバーで加工してあるのが、気がきいている。
 運命だ。私はそれを目にした途端、思ったね。この化石は、太古の歴史を経て、私のところにやって来る運命だったんである! さっそく鎖をつけてペンダントにしてみた。うふふ。原稿の締め切りに苦しむときや気合のはいったデートのとき。首から下げたこのアンモナイトをぎゅっと握りしめ、パワーをもらうんだもんね。うーん。古代の息吹が指先から、じわりと浸透してくるみたいよ。
 むろん、デート相手に「これ、私がつくったアンモナイトのアクセなの」という台詞をさりげなく口にするのも忘れちゃならない。私って人とは違うの、というアーティスティックな魅力をさりげなく(でもないか)アピールするためである。
 が、効果は顕われなかったみたい。デートの相手は、私よりもっと変わりもんだったせいだ。彼が大切にしてるコウモリの剥製の前では、わが化石も、ちと迫力不足。それに、アンモナイトにいくら頬ずりしても、締め切りが延びることもない。なぜなのだ!? こんな珍しいもの手に入れたのに。首を傾げつつ近所のソーホーの通りを散歩。途中、ふと自然グッズのお店に立ち寄ってみた。
 あっと目を見張る。あるのだ、アンモナイト。それも一個$10とか$15のお手ごろ価格で、ごろごろ売ってるではないか。アクセサリー用に加工したものでも、$30前後。ということは、つまり。私がここ数ヶ月、運命に浸っていたオチは、$30でカタがついちゃったってこと? ……まぁ、いいんすけどね。$30で人生しばらく楽しめりゃ、安いもん……。
 負け惜しみをつぶやきつつ、そのエボリューションなる店を見て回る。エボリューション、つまり生物の進化という名のごとく、あるある。進化の初期段階って感じの奇妙な時の遺物がごろごろ。亀の甲羅に干からびたトカゲの足。鮫の歯。巨大ゴキブリのホルマリン漬けにいたっては、誰が買うんかい、の世界である。

 ふと思ったのは、ここは大都会ならではの店なんだろうなぁってこと。広大なアリゾナの田舎で、動物の白骨や生きたカブトガニに遭遇するのも珍しくないって人たちは、何もお金出してまで欲しくはない代物だろう。私も、ニュージャージーの南部の海辺にごろごろカブトガニが転がってるのを初めて見たときは驚愕したもんだが、その後見慣れてきたら何ともなくなっちゃったし(あ、でもやっぱり今だに、水底でのそぉっと動いているのを見たりすると、ぞわぞわっとくるな)。ほんと、ニューヨーカー、というか都会人は「自然」というキーワードに弱い。人間しかり。ナチュラルな魅力の女性なんて言葉をよく聞くが。本物の自然児でなく、無理やり「私、ナチュラルをめざしてるのよ」っていう女の人を目にすることもままある。なんだかね、カブトガニ見たときみたいにぞわぞわっとしたりする。自然とか自然体って目指すもんじゃあないような……。それなら「私ってかわりもんなのよ」とアピールするほうがまだ「素直」じゃないかと考える私、ひねくれてるのかしらん。よく考えると、アンモナイトにすてきな運命、手助けしてもらうっていうのも、なんか自然じゃないけどね。えへへ。今時めずらしい「生きる化石」みたいな男が現れたりして?
(追記 in 2001/1)
 この後しばらく気に入って、このアンモナイト・ペンダントをつけていた。が、今はどこへやら。別にいいことも起こらなかった。この後の私は、「石」&「貝」プームに突入。フロリダのサニベル島は貝の島として有名なのだが、そこで山ほど拾ったり買ったりしてきた。貝問屋(!)というのがあって、驚くほど安いのだ。あかちゃんヒトデをお土産に友達にあげたら、それでチョーカーをつくっていて可愛かったな。でも、なんだか古びたかつおぶしみたいなにおいがするんだよね、干しヒトデって……。ますます出会いの運命も遠ざかりそうである。
 あ、今少し「自然をアピール」と「かわりもんをアピール」の違いを考えてみました。それは「純粋」と「素直」の違いに似ているような。なんか純粋さをアピールするのってかっちょ悪いよなぁ。と書いてるうちに、どうでもよくなってきた。しょせん素直も純粋も縁のない私なのだった。

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1999 July  エスニックな心配性!?
●今月のお買い上げ
ベジタブル・マサラ・スパイス  $3.50
インディアン・クラッカー      $2.25
タイ・カレー・ペースト        $2
インディアン・ランチ for 2     $10
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                                    合計 $17.75
 先日、日本の友達がメイルでこんな風に言ってきた。
「いいなー。私なら、そんなにいつも食べ歩いてたら、とっくに破産だよぉ……」
 昨日はベトナム。今日はミャンマー。明日はチベットと、日々食べ歩く私を彼女はうらやんで(なかば呆れ返って)いるらしい。しかし。私だって、東京で同じことをやってたら、たちまち破産だ。日本のように自分たちの食文化とは違う「食」をスペシャルなものとして提供するのではなく、あたりまえのものとして差し出す。いろんな人種がわんさかひしめき、そのぶんだけ店もひしめくこの街だからこそできるのである。たとえば同じベトナム料理でも、ミッドタウンの高級フレンチ・ベトナミーズから、同郷人の舌を満足させようという超リーズナブルな店まで千差万別だ(もちろん私が愛用するのは後者だけどね)。そういった同郷人御用達の店は、申し訳ないくらい安い。それに、へんに洗練されていない味は、申し訳ないくらいにうまい。
 そう。どういうわけか、ありがたい!っていう気分にさせられるんだよね、お気に入りのエスニック・レストランってば。たとえばイースト・ヴィレッジのインド街の派手派手しい装飾にいろどられたレストラン。カレーにアペタイザーのサモサ、デザートにチャイまでついて$4ってどういうことなの!?の激安ランチが食べられるのだ。その後は、このところめっきりトレンディになったディープなアルファベットシティのカフェでお茶する。先ほどのフル・ランチと同額のカプチーノなど啜りつつ、私は思わず考えちゃう。さっきの頭にターバン巻いたウェイターのおじさんの労働条件って、一体? レストランがぎっしり軒を連ねるヴィレッジの東6丁目。いくら熾烈なお客争奪戦に勝ち抜くためとはいえ、これだけ安い値段で提供するということは……。しかもエスニック系レストランの営業時間(=労働時間)はやたらに長い。キッチンに一日立ちっぱなしの人も多いに違いない。……彼らの儲けって?時給って?うーん。外国人街とはいえここは東京と物価の高さを競う大都会。本人はいたってのんびり見えるウェイターの兄ちゃんの時給の額が急に心配になってくる私。これじゃ消化に悪いったらない。相手にもよけいなお世話というもんであるが。
 24時間営業のコリアンのデリしかり。彼らはクリスマスも元旦もかわりなくオープンしてるのだ。しかも、いつ行っても、レジに同じおばさんの顔を見かけたりすると「一体いつ寝てるわけ?」とこれもよけいな心配をしたくなる。なんだかこの街にいると、働くってことの厳しさを、正面からいつも見据えさせられる。9to5のアメリカ人なんていうけれど、私の目にはアメリカにいる外国人たちの姿のほうが、もっと浮き上がって目に飛び込んでくるのだ。友達のメキシコ人の男の子がこんなことを言っていた。彼はイリーガルでこの街にやってきて、レストランのキッチンで長時間労働をしているがとても明るく素直。
「この街には働くためにやってきたんだ。頑張って働いて働いて、お金を貯めたら、故郷に帰る。もうここには戻ってはこないと思うな」
 この街を働く場所とわりきって、真面目に労働しながらも、キッチンで仲間のメキシコ人たちと楽しげにジョークをかわす彼。週末はひとり、ブロンクスのメキシカン・クラブに陽気な夜を過ごしに出かける(休みが他の友人と合わないのだ)。生活に対するたくまさがあふれてるなと思った。現状を憂いもせず、ひたすら淡々と前向き。偉いな、とは思わない。なんだかそう考えるのって自分を優位にたたせる気がする。ただ深く納得するだけだ。人生の中で、頑張ってしゃかりきに働く時期ってあってもいいんじゃないかなと。その時期を越えた人は越えない人より何かを見ているはず。こんな私も東京で、これ以上働けないってくらい働いて過ごした時期があったっけ(ただし、短い期間だったけど)。
 さて、近頃の私は、もっぱら自分でエスニック料理に挑戦している。これなら、頼まれもしないのに(!)身も知らぬ他人の給料の中身など心配せず、心安らかに異国風味あふれる食事を楽しめるってもの。で、探してみるとこれがあるものなのだよ。インドからタイ、カリビアンから中近東と、本格的なスパイス&食材品屋さん。棚にずらりと並ぶ、摩訶不思議な調味料の数々。そして、どこの国にも手抜きの人間というのはいるものらしい。調理の簡単なレトルト食品も目白押しなのだ。私も試しにいろいろつくってみた。レストラン顔負け!という味もあれば、「これは一体……」という不気味な失敗に終わったものまでいろいろ。エスニック・クッキングの世界は素人にはまだまだ奥が深いと見た。
 でもこの当たりかハズレかっていう賭けが、また楽しいのよね。しかもスパイスはレストランでの食事代よりさらに安い。これから$30分は買い込んで、研究するぞぉ。と、意気揚々になったところで。
 ……いかん、今度は閑古鳥なくスパイス屋のおやじの給料が気になってきた。 

(追記 in 2001/1)
 この文章を書いた頃から、ますます勤労意欲を失ってきている私(その経過は、お仕事リストにありありと……)。だがその反面、エスニック料理への探究心は失せていない。相変わらず飲食店関係の時給も気になり、人に尋ねては嫌がられている。今世紀はもうちょっと身になることを気にしたいものだが。


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